【見えないのに見える人】盲視 (BlindsSight)の不思議

BlindsSight機械学習/AI/人工知能
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はじめに

今回は、目が見えるということに関連する非常に興味深い症例の1つである盲視について説明していきたいと思います。

盲視は英語で訳すとBlindsSightとなります。
その文字通りの解釈をすれば、『盲目的な視覚意識』と表現するのが適切かもしれません。

盲視は、実際の人間の患者において確認されている症例であり、普段私たちが、「目から入ってきた情報をどのようにして脳内で処理して、認識しているのか?」を理解するためのヒントを与えてくれるような症例の1つです。

盲視の患者は、一般に、「目がみえていない」と主張します。
しかし、目が見えていないのにできるはずがないような行動を起こすことができるのです。

例えば、盲視患者の目の前に、ある物体(例えば、りんご)を見せると、
その物体が何か?[What]は答えることができません。一方で、どににあるか?[Where]を指差しなどで答えさせるとかなり正確に当てることができるのです。
盲視

ここで、不思議なのは、目が見えていないにも関わらず、
どうしてりんごの場所が当てられるのでしょうか?

目が見える人からしたら理解しがたい状況ですが、百文は一見に如かずです。
ひとまず、盲視患者の実際の例を見ていきましょう。

盲視患者T.N.の実験

盲視が確認された患者T.N.における行動実験を見てみてみましょう。
(一般的に、人間の解剖や行動実験などを行う場合、患者はT.N.のように名前のイニシャルで表現されます)

この患者T.N.は、56歳で長年医者として働いていました。
彼は、2003年以降2回の脳卒中に見舞われました。
その結果、脳の左右の視覚皮質(目から入ってきた情報を処理する脳部位)に損傷を受けることになり、「目が見えない」と主張するようになりました。
このとき、その他の脳部位は特に問題はなく、目そのものの機能も正常でした。

損傷による脳機能の影響の範囲を探るために、患者T.N.は様々な実験を受けることになりました。それらの実験をする中で、1つ不可解なことが見えてきたのです。

患者T.N.は、目が見えないと主張してはいるものの、道を歩きながら目の前にある障害物を避けて歩くような行動が観察されたのです。はじめ、研究者たちは、患者T.N.が実は多少でも目が見えているのはないかと疑いましたが、一連の実験の結果どうやらそうではないようです。

そのときの実験の様子を下の動画で見ることができます。
これは、実際に患者T.N.が廊下に置かれた障害物を避けながら、廊下の反対側まで歩けるかを試す実験です。


この実験を行った研究者によると、患者T.N.は、この実験を無事成功したとき、まさかこんなことができるとは思っていなかったと、喜びの声をあげたそうです。

盲視のメカニズム

上で示した患者T.N.の実験から、盲視患者は目が見えていないと主張しているが、それに矛盾するようなあたかも目が見えているような行動を起こしてしまうことがわかりました。

ここで一度、盲視の特徴を整理しておきます。

盲視の特徴

1:目が見えているという意識的な感覚がない。
2:目の前の物体が何か(what)はわからない。
3:しかし、無意識的に脳は、その物体の場所(where)が分かっている。

なぜ患者T.N.は、障害物を避けることができるのに、目が見えていないと思ってしまうのでしょうか?

この事実に対して、例えば、このように考えてみたらどうでしょうか?
『実は、患者T.N.は、障害物が何か(色や形、その他の特徴)を言い当てることはできないが、障害物がどこにあるか(場所)は認識することができる。』と。

何かわからないのに、場所がわかる??
何かがわかるから、その何かの場所がわかるんでしょ??
と思ってしまいます。

しかし、実のところこの仮説は、実際の脳における視覚情報(目から入ってきた情報)処理の仕方を考慮すると、かなり合理的で説明がつくのです。

脳における視覚情報の処理

私たちの脳において、目から入ってきた情報は、まず、脳の後ろ側に当たる領野(後頭葉)へと送られることが知られています。この領野は、第一次視覚野(V1)と呼ばれ、視覚情報を処理する上で非常に重要なエリアです。

さらに、目から第一次視覚野(V1)に到達した視覚情報は、ここから2つの経路に分かれて全く独立的に処理されます。

様々な実験や研究の結果から、この2つの経路はそれぞれ腹側経路(What経路)と背側経路(Where経路)と呼ばれ、それぞれ機能的に異なる性質を持つことが知られています。

後頭葉(V1)から脳の側面に向かうWhat経路は、目で見た物体が何か(What)を判断するのに重要であるとことがわかっており、もう1つの後頭葉(v1)から脳の背面に向かうWhere経路は、物体がどこ(Where)にあるのかを判断するのに重要であることが分かっています。2つの視覚経路

面白いことに、この2つの経路に別れる前の分岐地点である一次視覚野(V1)に損傷を受けると盲視のような現象が確認されることが知られています。つまり、目が見えているという感覚的な意識は無いのに、無意識に脳は障害物を認識しているという振る舞いが起きるのです。

様々な実験より、私たちが、目が見えているという感覚的な意識を持つためには、目から一次視覚野(V1)の経路が重要であることが分かっています。このことを考慮すると、盲視患者が見えている感覚がないというのは説明がつきます。

さらに、一次視覚野(V1)が損傷を受けると、その後に続く2つのwhat経路とwhere経路に適切に視覚情報を引き継ぎことはできないため、目で見た物体が何か?(what)、どこにあるのか?(where)という情報は正しく処理できなくなることになります。

以上のことから、先ほど示した盲視患者の特徴のうち2つ
1:目が見えているという意識的な感覚がない。
2:目の前の物体が何か(what)はわからない。
は説明がつきます。

しかし、一方で、3つめの特徴である、
3:しかし、無意識的に脳は、その物体の場所(where)が分かっている。
については、不思議です。what経路での処理が適切にできないのと同様に、where経路での処理もできないはずなので、物体の場所はわからないはずです。

これに関して実は、もう1つのこれまであまり重要視されてこなかった第3の経路が大きな役割を果たしている可能性が示唆されています。

第3の経路!!(なんか、名前だけ見るとかっこいいですよね。)

第3の経路
第3の経路は、目から脳の中枢(上丘)へと到達し、そこから直接、体の運動制御などを司る頭頂葉に信号を伝える経路です。

簡単なイメージでいうと、この経路は、ある物体を目で見たときに、その物体が何かを判断して意識する前に、右の方から何かが急に迫ってくるぞ、避けろ!と指示するようなことを可能にするような経路です。

すごく野生的と言うか、外敵から即座に身を守らなきゃいけないような自然環境においては、非常に役に立ちそうです。

実際、脳の中枢(上丘)を 介した経路は、解剖して見てみるとほとんど進化の形跡が見られず、ガラパゴス島に生息するような化石動物といわれるイグアナなどの動物たちは、主に、この経路を使って見るという機能を実現していると言われています。

つまり、先に紹介した2つの経路(What経路とWhere経路)は、進化的に比較的新しくできた視覚情報処理のための経路であり、第3の経路は、古典的でよりPrimitiveな経路と言えるでしょう。

おそらく、患者T.N.はこの経路のおかげで、障害物がどういうった形や色をしているか分からずとも、障害物の位置を把握し避けることができると考えられます。

患者T.N.の盲視

ここまで、脳における視覚情報(目から入ってきた情報)処理の仕方を説明してきました。この処理の仕方を知ると、なんとなく患者T.N.は目が見えないと言っている気持ちが分かるかと思います。

ここで一旦、もう一度、患者T.N.の状況を整理してみましょう。
その1:目は正常である
→目から入ってくる情報を受け取り脳へと伝達することはできることは分かっています。
その2:障害物がどこにあるか分かる
→第3の経路のおかげであろう。
その3:しかし、患者T.N.は見えていないと主張
→見えるという意識に重要な一次視覚野が損傷している。

なかでも、特に興味深い点3つめの
目で見て脳で処理した結果を意識する部分に問題が起きているということです。

『見えているのに見えていない』のです。(=視覚的な意識がない)

つまり、私たちが目が見えるという感覚を得るには、
次の3つのステップがどれ1つとして欠かすことができません。
STEP1:目で見て感じ
STEP2:脳で処理して解釈し(例:何が、どこにあるか?)
STEP3:解釈した結果を意識にあげる

私たちは、目で見たモノを、脳で処理することで解釈し、その結果を意識に上げることで、「可愛いネコがいる!」と認識できるわけですが、視覚的な見えているという意識がない場合には、目にはネコの形や色などの情報は入ってきますが、「ネコがいる!」とは思えないのです。それでも、あなたの脳は、あなたが気づいていないだけで、ネコがどこにいるのかを知っているのです。意識と無意識

私たちが、普段意識できていることは、実際脳が処理していることのほんの一部でしかないのかもしれません。

さいごに

今回の盲視の症例から分かるように、私たちは自分の脳で処理していることは全て把握できていると思ってしまいがちですが、実は私たちが意識できていることはほんの一握りなのかもしれません。

実際、視覚以外にも意識に上がっていないけれども無意識のうちに脳で処理され、さらには、無意識な反応を起こしているといった心理学的実験や実例は盲視以外にもたくさん見つかっています。

今後もそのような実例や実験などを紹介していけたらなと思っています。

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